焔。

炎が肉を焦がす。


あたりは一面、死の静寂が漂っていた。


その中で「彼」は微動だにせず座っていた。


「彼」の隣では、「彼」の存在を支配し続けた者が断末魔の呻き声を上げている。「彼」はその者の背中に無造作に刃を突き立てた。一瞬、激しくその者の肉体が痙攣したが、すぐに最後の生命の炎は消え、そこにはただの肉塊が転がっていた。


「彼」は、その肉塊を見つめ、冷ややかな笑みを浮かべた。


「奇妙なものだ。」


「彼」は呟いた。この世に生を受けて一度も自由を得たことがなかった。それが今、死を前にして自由を得た。


「思いの外、愉快なものではない。」


もはや「彼」の言葉は誰にも届かない。しかし言葉にせずにはいられなかった。


偉大な父と気高く高慢な母のもとに生まれ、巨大な城と巨万の富と、巨大な権力が「彼」を覆っていた。同時にそれは「彼」の存在の証でもあり、「彼」以外の野心家たちにとっては是が非でも手に入れたいものであった。


「彼」は野心家たちにとってはただの道具であった。いや道具ならまだ使い道がある。「彼」は象徴という便利な置物であったに過ぎない。


今、この地獄のような炎の中で、忠義面をして死んでいった者たちも所詮は、「彼」を利用して己の野心を満たす賭けを行っていたのに過ぎない。その賭けに敗れ、死を選んだのだ。それは忠義でもなんでもない。


先ほど、肉塊と成り果てた「彼」の母もまた、野心の果てにこの無謀な戦を起こし、それに敗れ死を選んだ。それもまた、母自身の意思であり、無念ではあっても悔いはないだろうと思うのだ。


それにひきかえ。


生まれ落ち、死するこの瞬間まで何一つ自分の意思で行うことはできない己の哀れさ、無念さ、愚かさはいかほどのものか。


「彼」の最大の不幸は、己の力を推し量る聡明さを持っていたことである。


父譲りの機略を持ち、祖父譲りの身体能力を持ち、大叔父譲りのカリスマ性を持ち、そのいずれも発揮せずに炎に焼かれる。


いっそ、逃げ出すか。


「彼」の脳裏に一瞬、迷いが生じた。


しかし、それが不可能であることは、充満する煙と炎、そして積み込まれた大量の火薬が物語っていた。間もなくこの炎は火薬に点火し、この不幸な青年を消し去るであろう。


「転生した暁には・・。」


「彼」は己の首元に刃を押し当てた。


「この世に絶望をもたらす鬼となりてこの業火を全ての者に与えてくれよう。」


「彼」は、刃を全ての恨みと共にその常人離れした膂力で引き切った。


その首が鮮血と共に宙に跳ね上がったと同時に火薬に火が周り、轟音と共に吹き飛んだ。


享年23歳。


稀代の英傑、豊臣秀吉の後継者、豊臣秀頼の最期であった。