戦争はなぜ起こるか。
今日は終戦記念日です。
たくさんの人が、平和への想いをSNSやブログなどに書き込んでいらっしゃいます。
今、日本は戦争という悲惨な時代にはありません。
それは本当に感謝すべきことです。
しかし。
世界に目を向ければどうでしょう。
戦争は決して過去のことではなく、現在進行形で世界の中にあります。
有史以来、世界中で戦争がなかった時代はどれくらいあるのでしょうか。
おそらく1年もないのではないでしょうか。
日本とて、今は平和ですが、歴史的に見てもそれは戦争と比例するように存在しました。
例えば。
江戸時代中期、日本は平和でした。
おそらくその時代に生きた人達は戦争を現実として捉えることはできなかったでしょう。
いろいろな社会問題はありましたが、戦争が起こるという可能性はほとんどなかったといえます。
しかし、時代が過ぎ、幕末、明治維新、昭和と、日本は国内、国外問わず戦争に巻き込まれていきます。
ですから、確率論的にいえば、日本がこれから戦争に巻き込まれる可能性がないとはいえないでしょう。
今が平和でもそれが未来永劫続くとはいえないのです。
だからこそ。
人はなぜ争うのか。
集団というシステムはなぜ戦争を起こすのか。
そのメカニズムを解き明かす必要があると思うのです。
その鍵は、「歴史」にあるとワタシは思っています。
歴史は「成功」と「失敗」を刻み込んでいます。
そしてその「成功」と「失敗」はひとつひとつの独立したモジュールではなく密接に関係したシステムです。
そのシステムの法則をみつければ、我々が戦争を起こすメカニズムをみつけることができ、それを防ぐ手立てもみつかるのではないでしょうか。
戦争があるから平和がある。
そういう見方もできるかもしません。
光と影。
表と裏。
平和な時代が続くと、それに伴い社会というものの歪みが少しづつ大きくなり、そのバランスが崩れたとき戦争というものが起こるのかもしれません。
それは一つの要素ではなく様々な要素が複雑に絡み合っているのでしょう。
だからこそ、この壮大で複雑怪奇なメカニズムを解明する必要があると思うのです。
現在、最も激しい戦争は中東で巻き起こっています。
それは宗教を背景にした戦争です。
これは現代において古代の因縁がいまだに解決できずに燃え上がっているものです。(背景はもっと複雑で難解ではありますが)
科学の進歩は決して「人が争う」ことの抑止力にはなっていないのが現実です。
われわれ、日本人の終戦の日は世界においての終戦ではなく現在進行形の日常なのです。
それを忘れず世界にとっての終戦記念日くるように、われわれは叡智をつぎ込まなければならないでしょう。
最近、ワタシは歴史を「社会学」として捉える必要があると思っています。
歴史の中で社会はどう変容していったのか、そしてそれは現在にどういう影響を及ぼしているか。
過去と現在を行き来することで、「人が争う」メカニズムが見えてくるのではないかと思います。
ワタシも今年で50を迎え、少しだけ自分の抽象度を広げてみたい。
そう感じた人生50回目の終戦記念日でした。